悲しむ姿を見たくない世間の風潮

農家組合の人が来て

ダンの昨年の報酬をもらった。

体調が悪くなり、数ヶ月しか仕事をしなかったのに。

受け取りの判子を押す。


その後どうですか 落ち着きましたか?


やっぱり聞かれた。

町内で顔を合わせる人はみんなそう言う。

他の言葉がけがないことはわかっている。

おはよう、こんにちは と同じレベルの

挨拶みたいなものだ。


元気が出ましたか?


そんなのありませんよ

売っているのなら買いに行きますよ


ひねくれた言葉を呑み込んで

静かにうなづいておく

無言で。


いつまでも悲しんでいたら体にわるいですよ

生きていたらまたいいこともあるから

早く元気になって


そんな声がけをする人たちは死別とは無縁

まいにちを楽しくしあわせにくらしている。

しあわせな日々の視界に

悲しみに暮れる人間が入り込むのが嫌なのだ。

見ているだけで不快になる

自分たちのしあわせな気分に影を落とす

悲しんでいる人 を排除したいのだ。



私もそうだった。

ダンがいたころは

不幸 に近づかないようにしていた

不幸なひとがいたら

必要以上に気づかい、やさしく、手助けして

だけどなるべく

見ないようにしていた。

そしてわかれぎわに

早く元気になってね などと言っていた。


人の気持ちは

その立場になってみないとわからない

それは本当だった



隣に誰が住んでいるかわからない都会ならよかった。

田舎のコミュニティは厄介だ。

悲しむ人をそっとしておけない。

悲しむ姿を見たくない

排除できないのなら

無理やりにでも元気にさせたい

そして自分たちの平穏を保ちたいのだ。



来月に農家組合費の徴収がある。

集会所に持参しなければならない。

その時の会話をどうすべきか

暗い顔のまま無言でいて皆のひんしゅくを買うか

明るく振る舞って元気を装うか


今から苦痛・・・



にほんブログ村 家族ブログ 死別へ

PVアクセスランキング にほんブログ村

このブログの人気の投稿

ひとりで老いていく

保険は助けてくれなかった

旅行は最悪だった