泣けて腹が立った日
はじめての月命日だった。
住職が唱える仏説阿弥陀経を聞いているうちに落涙。
終わって住職の話にも落涙。
なんとか元気付けようとしてくださっているのだが
涙が止まらなかった。
ダンはもうあちらの世界でやすらかに暮らしている。
私は冷たい沼の底にいるみたい。
苦しくてたまらない。
落ちてゆく。
落ちてゆく。
すっかり湿ってしまったこころを奮い立たせ
午後は税理士と面談した。
今後のことを話し合う。
事業はともかく、農業をどうするか。
具体的には農地の相続をどうするか だ。
息子のタロウは田植えをしたら
あとは収穫まで放置でいけるという考えだった。
赴任先の長野から月に2、3度帰ってきて
稲作をするつもりだった。
そんなわけないだろう。
米作りは八十八の手間がかかると有名じゃないか。
そんな片手間でできるようなものじゃない。
ダンはとてもやる気のある人だった。
地元の企業に転職して仕事も農業も全力。
犬の散歩がてら毎日稲のようすを見ていた。
どうやったら収穫が増えるのか常に切磋琢磨する人だった。
猛暑の中、底冷えのなか、いつも一緒に頑張ってきた。
はーなーもー
農業を相続するには息子は実家に住まねばならない。
農業委員会の審査があるからだ。
年間100日前後の農作業に従事できるかどうか能力が問われる。
ただし死ぬまで農業を続けなければならない。
タロウにその覚悟はあるのか。
ダンが懇願しても会社を辞めなかったタロウ。
日本各地を転々として好きなことをやり続けてきた。
もちろん相続しない選択もある。
ダンが必死に守ってきた先祖代々の農地を手放すのだ。
それはあんなに慈しんで稲を育てていたダンの
魂を手放すことと同じ。
それでいいのか。タロウよ。
内容をかいつまんでラインを送ったら
あわてた声で電話を返してきた。
まだ自分のことをしゃべっている。
わかった。
仕事を辞めるという選択肢はないようだ。
これがドラマだったら
心機一転、息子が跡を継ぐ となるのだが
実際はハートフル&ハッピーエンドじゃない。
これが現実だよ。
