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1月, 2025の投稿を表示しています

悲しむ姿を見たくない世間の風潮

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農家組合の人が来て ダンの昨年の報酬をもらった。 体調が悪くなり、数ヶ月しか仕事をしなかったのに。 受け取りの判子を押す。 その後どうですか 落ち着きましたか? やっぱり聞かれた。 町内で顔を合わせる人はみんなそう言う。 他の言葉がけがないことはわかっている。 おはよう、こんにちは と同じレベルの 挨拶みたいなものだ。 元気が出ましたか? そんなのありませんよ 売っているのなら買いに行きますよ ひねくれた言葉を呑み込んで 静かにうなづいておく 無言で。 いつまでも悲しんでいたら体にわるいですよ 生きていたらまたいいこともあるから 早く元気になって そんな声がけをする人たちは死別とは無縁 まいにちを楽しくしあわせにくらしている。 しあわせな日々の視界に 悲しみに暮れる人間が入り込むのが嫌なのだ。 見ているだけで不快になる 自分たちのしあわせな気分に影を落とす 悲しんでいる人 を排除したいのだ。 私もそうだった。 ダンがいたころは 不幸 に近づかないようにしていた 不幸なひとがいたら 必要以上に気づかい、やさしく、手助けして だけどなるべく 見ないようにしていた。 そしてわかれぎわに 早く元気になってね などと言っていた。 人の気持ちは その立場になってみないとわからない それは本当だった 隣に誰が住んでいるかわからない都会ならよかった。 田舎のコミュニティは厄介だ。 悲しむ人をそっとしておけない。 悲しむ姿を見たくない 排除できないのなら 無理やりにでも元気にさせたい そして自分たちの平穏を保ちたいのだ。 来月に農家組合費の徴収がある。 集会所に持参しなければならない。 その時の会話をどうすべきか 暗い顔のまま無言でいて皆のひんしゅくを買うか 明るく振る舞って元気を装うか 今から苦痛・・・

悪夢で目が覚めた

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あっ と思って目が覚めて  夢だったと気が付く そして どんな夢だったか忘れている 悪い夢だったという記憶だけが 残っている コップの底に溶けずにいた砂糖のように ざらざらした気持ち悪さ あと何回 いつまでつづくんだろう 手の届かないさみしさ むなしさ

腰痛ふたたび

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1ヶ月に1回の不燃ごみの日に合わせて ガレージ隅に積んだままになっていたガラクタを整理 規定のゴミ袋に分別した。  寒くて身体が冷えたのも一因。 そして、昨日から娘と孫が滞在している。 駆け寄る1歳半児と戯れたり 抱き上げたり・・・ ズキッときた。 ギックリ再発ではない、普通の腰痛。 しかしながら 最近腰が痛くなる回数と頻度が増えた。 私はまだ60代前半 こんな調子ではいけない 80代になったらヨボヨボの老婆では? そのとき私はどんな暮らしをしているだろう。 母の通院の送迎をしながら ぼんやりと車の中で考えていた。

グリーフケアはこころのリハビリ

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心療内科は新規患者の受け入れをしていなかった。 知り合いが多い市役所主催の会には行きたくない。 検索で知った「グリーフケア」 グリーフとは「悲嘆」 近親者との死別・別離をはじめ、 さまざまな愛情や依存の対象を 喪失した際に生じる反応をいう。 グリーフケア(悲嘆ケア)は 日本ではまだまだ知られていない。 内容もサイトによってさまざま。 臨床現場で参考にされているのがこれ。 哲学者アルフォンス・デーケンによる 悲嘆のプロセス 1 精神的打撃 麻痺 2 否認 3 パニック 4 怒り 不当感 5 敵意と恨み 6 罪意識 7 空想形成 幻想 8 孤独感 抑うつ 9 精神的混乱 無関心 10 あきらめ  11 新しい希望 12 立ち直り 系統だった分析は 患者を観察して導き出したのだろうか。 死別を経験したひとすべてが このプロセスをたどるわけではない。 悲嘆反応のさまざまな症状を体験しながら 行ったり来たりするもの。 立ち直りまでの期間はひとそれぞれ。 数ヶ月のひともいれば数年と長期にわたるひとも。 故人との関係性や年齢や さまざまな事柄が影響する。 ケアする人は 無理にプロセス通りに進めてはいけない と。 グリーフケアは、リハビリなのだ 悲嘆にくれるひとを 日常生活にもどすリハビリ・・・ 他のサイトには具体的な方法があった。 身近 な人の死 、その正しい 乗り越え方 「時間が解決する」は違います 故人のことを偲んで思い出す 「故人の 死 」について意味を見出す 自分の感情を紙に書きだす 感情を隠さず表に出す 同じ境遇の 人 を見つけて感情を共有する 心療内科で受診する 自分のことを 大切 にする 正しい乗り越え方 って? 上から目線なのが引っかかる。 手術の翌日から歩かされたり 強制的な運動を始める 痛くても動かさないと固まってしまう 動かしているうちに 失われた機能が回復することがある こころも同じ それはわかっている わかっている ダンがいなくなって 私は意固地になっている。 ダンがいない悲しみに しがみついている。 この悲しみから逃れられない。 剥がされたくない。 まだまだ・・・

疲れが出たのか

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今日は寒かった。 寒空の下、墓地の立ち会いをして 身体が冷えたようだ。 そのあと無理をして 農作業をしたのも悪かった。 夜になって腹痛。 急行が何本も通り過ぎ トイレから出られなくなった。 はーなーもー 胃腸は丈夫で お腹をこわすことが滅多になかった ここ数日とても忙しくて それで疲れがでたのかな。 湯たんぽでお腹を温めながら もう寝よう

忙殺されて昨日は泣かなかった

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月例バイトの調査報告に行った。 疑義の対応をするため再度店舗に行く羽目に。 少しのミスも許されない。 並行して、墓地の区画問題。 管理人が立ち会うと言ってくれたので 業者と日程のすり合わせ。 手土産を購入してきて 墓の両隣の人たちに挨拶に行った。 お年寄りの話が長い。 連れて行った母といつまでも話している。 帰宅すると 外構業者からのメール。 管理物件に設置するフェンスの見積もりだった。 予想外に高かった。 相見積もりをとろう。 管理物件を斡旋してくれている会社に電話して 外構工事業者の心当たりはないか聞く。 再計算が行われたため 窓口対応になってしまったダンの税金と 私の国民年金を銀行で支払った。 そして夕方・・・ 持病の薬がなくなってきた犬を 病院に連れて行った。 ダンがそばにいてくれたら いくつかは手助けしてくれただろう 難しい話はダンが決断してくれて どんなに心強かったろう  いつもならここで涙、涙、涙 忙殺されて 昨日は泣いている暇がなかった。

AIがもっと進化して

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ダンが生きていたら 話してくれそうなことを 再現してくれたらいいのにな 今日の出来事を なにげないことを話す 笑ったり 冗談をいったり 愚痴ったり 返事が欲しい ダンの言いそうな言葉で

お墓のこと

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墓地が傾いている。 近年の豪雨で地盤がゆるんでしまったのか。 納骨が遅れている。 この際、墓地を修復することになった。 となると手続きが煩雑に。 工事の前に 墓の両隣、前後の人に挨拶に行かねば と母。 後でいちゃもんをつけられたらかなわん と。 それからは 自分が全権をとったかのように振る舞う。 あれをしろ、こうしろ・・・ 言わなければよかった。 口撃に耐えられない。 見積もりをくれた石材店に話を聞きに行った。 墓石を動かすためには 抜魂 の儀式が必要。 工事が終わった後は 入魂。 どちらもお寺さんに来てもらう必要がある。 お供え、お布施の作法など。 納骨を同時にしても良いことに安堵する。 納骨する石室や墓地の仕上げの様式にあたって 敷地の境界はどうなっているかと問われた。 古い墓地だから石などの仕切りがなかった。 地続きで隣の墓とぎりぎりだ。 敷地の記録を調べてください と。 墓地を管理する人に問い合わせたが 個人情報なので教えられません にべもない返答。 区画の境界も教えてもらえなかった。 戦前の記録は残っていない と。 はーなーもー 現地を見たらわかるかもしれない  と言う母を連れて、今日、墓地に行く。 何がわかるんだろう・・・

冬季うつ

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以前から冬になると調子が悪かった。 空はどんよりとしているし寒いし 何事にもやる気がでなくなり朝起きるのがつらい。 だらだらと横になっていると不思議と寝ている。 夜中に目が醒めるのはそのせいかも。 晩秋から冬にかけて悲しくて憂鬱な気分になり 以前は楽しみだった活動に興味がわかず 疲労感が募り、無力感や罪悪感にかられる・・・ このような季節性の抑うつ気分は 「 冬季うつ (ウインター・ブルー)」です。 ( 豊橋ハートセンターのHP から引用しました) うつ病患者の1〜2割が冬季うつを経験するらしいが 冬季うつの場合は「過食」「過眠」「体重増加」が特徴で 食欲不振や不眠になることが多い一般のうつとは大きく違う。 毎日、老母の姿を目の当たりにするのも原因だと思う。 昨日、犬の散歩からもどると 作業小屋に電気がついていた。 声をかけたが返事がない。 のぞいたら誰もいない。 倒れているのかと畑を見に行った。 真っ暗闇に、人影。 一輪車に道具をたくさん乗せて よろよろと歩いていた。 こんなに真っ暗になるまでしなくても と言うと 歳をとってゆっくりとしかできないから 日が暮れてしまったんや と言う。 それからは押し問答。 母は昔から人の言うことは聞かない。 最後は じゃあ勝手にすれば  親を大切にする人は多い。 いつまでも長生きしてね と かいがいしく世話をしている。 こころが安定していて大人なのだと思う。 その人たちは うつ にはならないのだろう。

可哀想な未亡人

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世間からはそう見られている 伴侶に先立たれた私は 可哀想な未亡人 これからどうやって生きていくんだろう 田舎町は人情があつい うわさ話に飢えている みんなが私をじっと見ている 夫はいろいろうるさくて手間がかかるんよ と 幸せそうに笑う人 夫に束縛されて嫌だわ と 2人で並んで歩いている夫婦 手を繋いだりして スーパーで買い物をする妻 カゴを持って後をついていく夫 車に乗った2人 どこへいくんだろう 私はひとりで どこへいくんだろう どうやって 生きていくんだろう

また眠れなくなった

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イチジクの次にキンカンの剪定をしていると 畑に母が来た。 一輪車にジョウロを乗せて。 年の暮れに蒔いた野菜が育ってきている。 それらに水をやりたい と。 自宅の水栓で水を汲んで運んできた。 ヨタヨタとした足取りに見かねて ホースを出してあげようか と声をかけた。 聞こえなかった。 近くまで行って耳元で伝え 冬の間は片付けている 散水ホースを水道に繋げた。 しかしホースは老朽化しており あちこちのひび割れから水が吹き出した。 はーなーもー これは廃棄。 新しいホースを調達して 自宅から畑の真ん中まで設置した。 水源が近くなって母は喜んだ。 それからスモモの剪定をして 枝葉を焼却スペースまで運び さらにソラマメを支柱に止めつけた。 日暮まで働いて心地よく疲れた。 朝までゆっくり眠れるだろう。 そう思っていた。 夜中の1時に目が醒めた。 それから眠れない。 2時、3時・・・ 細切れに目が醒める。 老いた母の姿に 自分の行く末を感じたせいだろうか。 母には私がいるが 私には誰もいない。 誰も助けてはくれない。 人は誰でも老いていく それは逃れられない宿命だ。 ダンは快活な人だった。 仕事は精力的にする人だった。 生涯現役だ と豪語していた。私にも 身体を鍛えろ と言っていた。 だから私はジムに通いはじめた。 筋力をつければ私の腰痛も抑えられるだろう。 2人でいつまでも農業をするつもりだった。 ダンがいた頃は 老いに恐怖を感じることはなかった。 私はひとりで老いていく。 この畑にひとり。 この家にひとり。 考えないようにしていても 不安は心の奥底に巣食い じわじわと育っていく。 また夜中の3時すぎに目が覚めた。 それから眠れない。

別の名前になってしまった

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本来は四十九日にすべきだったお墓への納骨。 先延ばしにしていた。 そのころはとても気分が落ちていた。 百箇日も過ぎてしまった。 なんとかしなければ。 納骨するには墓石を開けなければならない。 どうしたら良いのかわからない。 墓地を取り仕切る石材店に電話をした。 納骨には儀式が必要。そのまえに 墓標に刻印しなければならないらしい。 折り返し、用紙が送られてきた。 ダンの生前の名前と没年、 そして戒名を記入する。 住職につけてもらった戒名。 人となりをあらわすありがたい名。 ダンはもう別の名前になってしまった。 仏さまになって遠い国に行ってしまった。 ダンはもうここにいない。

ミスを連発、挙げ句の果てに警官に 

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仕事中にダンの好きだったものを見ても ぼろぼろ泣くようなことはなくなった。 しかし依然として胸が苦しくなる。 いろいろと思い出されて 仕事の手が止まってしまう。 思考も停止。 こんな状態が 良くないことを引き寄せる。 また前月と同じミスをして  入店許可証を持って出てしまった。 別の店では調査項目をひとつ忘れてUターン。 見落としも多い。 判断力が鈍っていてチェックに時間がかかる。 昨日もスムーズに仕事ができなかった。 そして車に戻ったら 警官が2人。 駐車違反の切符を切られた。 いつもは車が何台も止まっていた場所。 昨日は誰もいなくて すんなり止めることができた。 そういうことだったのか。 ぼうっとしていて 新しくできた標識を見逃していた。 本日の最大のミス。 罰金15,000円・・・ 移動途中に郵便局をみつけ、速攻で支払った。 情けなくて涙が出た。 事故でなくてよかったと思うべきだが。 駐車違反は事故の元ですからね  と警官が言っていた。 やけになって昼食はジャンクフード。 ダンはビッグマックが好きだった。 買いに行く時は私に 何か欲しいのある? と聞いてくれていた。 やさしかったダン。 もう声をかけてくれない。

「おめでとう」と言われて

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ダンがいなくなって 正月が消えた。 新年になったぐらいでなにがめでたい。 ダンがいないのに何を祝う。 やさぐれた気持ちで なるべく出歩かず人と会わず 家に引きこもって半月が過ぎた。 月例のバイトはそれぞれが単独で動くため 仲間同士が会うことはないが 昨日はある店舗で同僚と出くわした。 彼女は確信犯。 以前から、仕事先で私に会うことを楽しみにしている。 ニアミスする時間にはまず店舗内に私がいないか さがしているようだ。 10月に仕事を休んだ時 心配してラインをくれたのも彼女。 あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願いします 会うなり明るく挨拶してきた。 そうだ。新年はみなそう言うものだ。 1月も半月を過ぎていたから油断していた。 彼女に悪気はない。 ダンが亡くなったことを言っていない。 上司以外、他の同僚にも言っていない。 別の仕事仲間にも言っていない。 同情されたら気がゆるんで 会うたびに泣く羽目になるから。 おめでとう をはしょって こちらこそよろしくお願いします と返した。 そして 寒いねー と話題を変えた。 からっと話せる自分におどろく。 何事もなかったかのように振る舞う私。 お互いに仕事中だからすぐに別れたが ほんの数分の会話にこころがふるえた。 通路を曲がると 抑えていた涙が込み上げてくる。 強がっている。 ふんばっている。

さらに悲しくなる

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ダンがいなくなったとき 私は奈落の底に落とされた。 そこは真っ暗な沼だった。 粘着性をもった泥がまとわりついて 私を離さない。 いっそのこと 底に引き摺り込んでくれたらいいのに 泥は自由を奪いながら自由にさせない。 私は首だけ出してもがきながら 泳がされている。 死別者が集うSNSで毎日泣いている。 この半年で大切なひとを亡くしたひとが 多い。多すぎる。 みんなそれぞれの沼でもがき苦しんでいる。 自分だけじゃない。 ひとりじゃない。 変な安堵感と共有感に包まれる。 顔は見えないけれど 声が聞こえる。 あちらの沼から こちらの沼から 悲しみを吐き出して おもいきり泣く声がする。 それに同調する人がいて 慰める人がいて 家族や友人や誰のどんな言葉がけより リアルでやさしい。 みんながみんなを癒している。 お互いを知るにつれ 若い人が多いことに気づいた。 なんということだろう。 まだまだこれから 楽しいことがいっぱいあっただろうに。 人生の波も 伴侶と一緒に乗り越えられただろうに。 そうおもうと 涙が止まらない。 私はダンと長い間過ごすことができた。 今までの人生の半分以上を 一緒に過ごしてきた。 幸せだったと思うべきだろう。 いや、だめだ。 一緒にいた時間が長かった分、 今はとてもさみしい。 ダンが恋しくてたまらない。 さらに悲しくなっている。

先が見えない

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11万円の経費の領収書を紛失した ダンがいたら大目玉だった いいよ 私を叱ってほしい そして 大丈夫だよ と言ってほしい 朝起きて 仏壇に線香をあげる 煙がゆらめきのぼっていく 涙でにじんで 先が見えない  

悲しみの期限

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昨日、地元のお寺の集まりがあった。 総本山もそうだが、なにかと派手な宗教で 煌びやかな本堂で演奏者を招いてのコンサート。 私は欠席。 そもそも会はやめてしまっていた。 買い物や仕事には行けるようになったが ダンのことを知っている人が 大勢集まる場所は無理。 田舎のコミュニティはうわさ好きなひとばかり。 みんな私の動向を見ている。 やることがいっぱいある。 家で確定申告のデータ入力をしていた。 夕方になって会に参加していた人が おさがり を持参された。 古参の母はともかく私にも。 私はお寺の婦人部をやめたつもりだったが 1年間の休会 になっているらしい。 1年間・・・ 1年後に私が会に復帰するということ? 1年後には会に出て来いって? そんな勝手な。 たった一年で もとどおりになれるわけがない。 ダンがいなくなって 何もかもが変わってしまった。 人生の花々を飾っていた花瓶は割れ こぼれた水は 落ちた地面に吸われて消えた。 世間の人の見かたはこんなものだ。 自分たちの思惑で 私を無理に引きずりだそうとする。 心配している と言いながら その人たちは私の今の様子を見たいのだ。 萎れているか 意外と元気か あわよくば私の心情を聞き出したいのだ。 今は辛くて誰とも会いたくないし 話したくもない。 考えただけで胸が張り裂けそうだ。 もうそろそろ とか いいかげんに とか あなたたちの思うようにしないでほしい。 ひとの悲しみに 勝手に期限をつけないでほしい。